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爆報!THE フライデー

爆報フライデー マダムAや犯人は誰?山崎美智代と伊東和義と判明。若手歌手も追求!

2016/11/25

bakuhou

画像引用:TBS公式サイト

11月11日放送の『爆報!THEフライデー 爆報ミステリー!実録!名前の出せない芸能界事件簿第11弾』では「銀座No.1マダムAの事件」と題して1967年(昭和42年)に発覚したホステス銀座「マダムA」があやめられ、遺体をバラバラにされた事件について放送されます。

事件の経緯などについて書いていきますが、結論を先にいうと被害者は当時、銀座でNO1と言われていたホステス、山崎美智代さんで、犯人は伊藤和義です。そして、この事件が明るみに出るきっかけとなった重要人物で若手歌手についても追求していきます。

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追記:私が調べた情報とテレビで放送された内容が異なっていた部分があったの書き足します。ただ、どちらが本当の情報なのか、今のところ分かっていません。正確な情報が分かり次第、さらに追記していきたいと思います。

私が調べた詳細では当時、歌手志望の19歳の少年は中野でスナックを経営する男性にバラバラにされた遺体を韓和義に手伝わされたことを話し、それがキッカケで中野署に取り調べを受けたと言う内容です。

テレビでは歌手志望の少年はある日、突然一方的に刑事に逮捕されていました。そして、留置場に拘束されている時に、少年のマネージャーに過去に犬の死骸を埋めることを手伝わされていたことを思い出し、「あの犬の死骸はじつは銀座のマダムの遺体だったのではないか」という思いが頭をよぎります。

その感が的中して歌手志望の少年は疑いが晴れて、釈放されます。

一方、マネージャーは男女の中になっていたマダムAに暴言を吐かれ、カッとなってあやめてしまいます。そして、歌手志望の少年は事件当日の夜に、人気のない場所に連れて行かれ、買っていた犬の亡骸ををここに埋めて弔ってやりたいやりたいといわれ、マネージャーのために懸命にスコップで穴を掘り、ビニール袋のなかの犬の亡骸と信じていたマダムAの遺体を埋めることに協力させられていたようです。

結果として、このマネージャーは無期懲役となり、歌手志望の少年はショックのあまり芸能界を去っていったそうです。番組ではこの事件についての関係者全てについて名前は伏せられていました。

 

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爆報11月11日放送「銀座No.1マダムAの事件」の流れ

この事件をざっくり説明すると、

1967年(昭和43年)当時19歳の若手歌手志望の青年が知人に死◯遺棄を手伝ったと告白。

↓                     

その知人が通報。中野署にて若手歌手志望が事情聴取され、犯人(知人)は伊藤和義であることを説明

伊藤和義が被害者は当時、銀座でNO1ホステスの山崎美智代さんであることを白状

お金のトラブルで罵倒されカッとなって殺害したことを説明

と言う感じですが、色々殺害に行くまでにあったようです。そこを詳しく見ていきましょう。

 

銀座NO1ホステスの事件発覚のきっかけ

事件が発覚したのは1967年(昭和42年)11月始めころのことです。当時、歌手志望の19歳の青年が同居していたスナックの経営者に「自分は殺人事件の手伝いをしてしまったようだ」と話したことがきっかけです。

中野区でスナックを経営している男は中野署に「同居している歌手志望の少年が、死◯遺棄を手伝ったと言っている」と通報。

事情聴取時の少年の供述は以下の通り。

11月3日の夜、少年は赤坂のマンションに住んでいる伊東を訪ねた。歌手志望の少年は芸能関係のことを伊東から色々と教えてもらっていた。世間話をしているうちに伊東から銚子へドライブに行こうと誘われた。

ドライブの帰途、伊東が「叔母が可愛がっていた犬を誤って猟銃で死なせてしまった。バレるとヤバいのでバラバラにしてきたので見張りをしてくれ」と頼まれた。伊東は車のトランクから数個の包を取り出して付近の草むらや沼地に捨てた。

2人は伊東のマンションに戻った。少年は部屋を注意深く見ると絨毯やソファに血痕があること、犬の死体にしては包が大きく量があったことなどから、人間の死体ではなかったかと疑問に思った。そこで、勤務先のスナック経営者に相談したとのことであった

中野署に厳しい事情聴取を受けた伊藤和義は遺体は当時銀座でNO1のホステスであった山崎美智代さんであることを自供します。

 

山崎美智代

山崎美智代さんは北海道出身で昭和35年に上京して来たようです。間もなく銀座でホステスに。生まれ持った美貌と聡明な話術で瞬く間に銀座でNO1のホステスとなり、政治界の重鎮や各界の有名人から指名を受けるようになります。昭和41年、当時勤めていた「クラブ・ラテンクォータ」から莫大な金額で銀座の「クラブ・ブラックタイ」へ雇われマダムとして移籍。

その後、赤坂にレストランをオープンさせるなどマスコミからも注目されるようになります。

 

伊藤和義

本名は韓和義。在日韓国人の父と日本人の母の間に生まれ国籍は韓国だったようです。つまり伊藤は通名。高校卒業後の昭和37年に上京し、持ち前の口の上手さや狡猾さで、周囲に虚栄を張っていたようです。芸能関係者を装い、銀座のクラブなどに出入りしていたようです。山崎美智代さんと知り合ったのは山崎さんが移籍前に勤めていた「クラブ・ラテンクォーター」時代のこと。

 

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事件の経緯について

山崎美智代さんの生活は一見華やかに見えて実は結構お金に困っていたようです。そこへつけ入ったのが韓和義でした。毎月多額の支払いに追われる山崎美智代さんに韓和義は100万円を融資。目的は手形を作成し金額を数倍にして返済させることだったようです。

彼女は「銀座の女王」と呼ばれていたが、実際は資金繰りが苦しく台所は火の車だった。さらに彼女に追い討ちをかけたのが、以前共同経営していたバーの経営権でトラブルが起り、共同経営者に毎月60万円を支払うことになったことだった。

そこで、彼女は伊東から100万円の融資を受けた。

伊東の供述では、同年9月に100万円を貸したが、約束の10月末に返済が無かった。それどころか、更に250万円の融資依頼をしてきたので拒否した。すると彼女は「朝鮮人のくせに」と罵倒した。この一言で頭が真っ白になりボーリングのピンで殴り殺したということだった。

だが、この供述は虚偽であった。供述後、警察が裏付け調査した結果、伊東が彼女に金を融資した際、額面合計302万円の約束手形を受け取った。伊東は、この手形を無くしたと偽って彼女に手形の再発行を要請して倍の金額を手にようと計画した。だが彼女は、伊東の行為を見抜き罵倒した。これが、きっかけとなり彼女を◯害。◯体をバラバラに切断して遺棄したのだった。

 

韓和義の現在は!?

高校を卒業したのが昭和37年だとすると、当時18歳か19だったはずですね。ということは歳現在は72~3歳くらいでしょうか!?ネットで調べる限り韓和義のその後についは全く情報が出てきません。不正に生活保護などを受けている可能性も大いにありますね。何と言ってもアレですから。

 

歌手志望の少年の現在は!?

昭和42年に事件が発覚した当時、歌手志望の少年は19歳。ご健在ならば68歳になっているということになります。残念ながら、この歌手志望の少年についての情報も全く出てきませんでした。(ずみません)そもそもこの事件についての情報がかなり少なかったです。

で、歌手志望の少年ですが、この事件がキッカケで歌手を断念したりしていないといいですが。。

もし、この事件との関連を伏せて芸能界で活躍されていたならそれで良しとしたいですね。少年も被害者の一人ですから。

 

最後に

グタグタな記事になってしまってすみません。事件の内容や様子が伝わっていれば良いのですが。。

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